41年ぶりのセブ島(旦那くんの実家、初日お土産を配る)

フィリピン(東南アジアの国々)には、日本と同じように「お土産」の習慣があるらしい。ここでちょっと困った事がある。どうもフィリピンの人は、アメリカに居る親戚、友達=お金持ちだと思う傾向が強いということだ。

家は旦那くんとワンコ2匹と私の、ごくごく普通の暮らし。それは私が働いていた時は、ダブルインカムだったので、外食したり、旅行に行ったりとそれなりな楽しみ方は出来たが、私が「定年宣言!」をして、今や旦那くんのあるかないかの収入(自営なもので、山あり谷あり)と、早期年金受給を選択したために、年金といっても本当にわずかな額が振り込まれるだけの私。(どうしよう・・・アメリカからくる「親戚」って期待されちゃっていたら)となんだか誰にもいわれていないが、変なプレッシャーがかかる。

確かに、賃金や物価を比べてみると、アメリカの平均月収額が$5,400~$6,700に対し、フィリピンの平均月収額は$400だという。しかし賃金が低いだけではなく、物価も低いので、人々はそれなりに生活していける。例えばボトルの飲料水の値段を比べてみると、アメリカで$1.60がフィリピンでは$0.35くらいである、コーラにするとアメリカで500mlが$3.00(いやぁ値上がったなぁ!)が、フィリピンでは$0.20くらいである。

義理の母は、義理の父が亡くなるまで、一度もフィリピンに帰らなかったが、アメリカから支援はずっとしていた。そして義理の父が亡くなってから初めてフィリピンに帰った時に、自分の姪、ジジから「ケチな伯母」と親戚の集まる場で言われてしまったそうだ。姪といっても40代半ばの、まぁ私が言うのもなんだが、オバサンである。どうやらこのジジは、高級ブランドのカバンや財布、または化粧品をお土産として貰えると勝手に夢を膨らませていたらしい。

余談で、さらにこれは私の勝手な偏見だが・・・どうもこのお国の人は、めっちゃ良い人と癖の強い人と普通の人がはっきりしている。めっちゃ良い人は、本当に優しく、思いやりがあり、惜しまずに人助けをする。気遣いが自然で、なんていうのか、いっしょに居て安心できる感じなのだ。そして癖の強い人・・・まぁなんていうのかなぁ?見栄っ張り?(笑)。私はこれ持っていると自慢したがり、ブランド物が大好きで、ちょっと人を見下す傾向がある人。悪人ではないのだ、そういう「癖の強い人」なのだ。なんていうの?Snobbism的?そう、「snob」なのよ!(笑)。

貧富の差が大きいフィリピンでは、裕福な家の人でもこの「良い人」と「癖の強い人」にわかれ、残念ながら割合にしたら「癖の強いお金持ち」の方が断然に多い。自分達がお高い位置に居たいから、富を分散しない。そういう富裕層がフィリピンの政治・経済を握っているので、フィリピンの貧富の差は一向に改善されない、それどころか未だに貧困の連鎖を引き起こしている。

それでもフィリピンの「良い人」や「普通」の人は自分達に出来る事を出来る範囲内で、一生懸命にそれなりの幸せを感じながら生活をしているように感じられる。だって、みんな笑顔が絶えないんだもん!ガンバレと本当に応援したくなる。そして彼らが「立ち上がる」事ができない現実が悲しい。

という私なりの「異国のフィリピンの事情」を肝に銘じ、いったい旦那くんの親戚はどんな人達なんだろう?と期待より不安の気持ちが大きいなか、出迎えから8人も来ちゃったので、「わ~嬉しい!感激!」というよりも、初日のディナーには何人来る!?と持って来たお土産の数が足りるのであろうかと、盛大な歓迎を受けているのに、変な事までも不安になって来ていた。なんていっても誰がどこでどのような繋がりがあるのかも説明出来ない、さらにお土産の習慣がない国、アメリカで育った旦那くんに、「お土産は何人分用意したらいい?」と聞いても、8人分、10人分、と根拠のなさそうな返事。いやいやジジの件があるじゃん、私達が見栄を張る必要はないが、お土産が足りなくなっちゃったらバツが悪い。

アメリカで今回のセブ島旅行の準備をしていたとき、もう自分達の荷物より「お土産」の準備が大変だった。何度もGoogleで検索をし、色々な人のブログを読み、何が喜ばれて、何が喜ばれないのかをチェック。

これも余談だが、前に働いていた会社の同僚でタイランド出身のパッチャラという人が居た。パッチャラは父親とアメリカに渡り、中学も高校も大学もアメリカで卒業し、英語にもお国のなまりがないくらいのアメリカンタイ人。その彼女がタイランドに帰国した時に、おじさん達がパッチャラがお土産を配る前に、彼女の手にしたお土産の袋から奪い合いを始めたというのである。どこまで本当なのかはわからないが、彼女はあきれながら私に話してくれた事を思い出した。

もうそんな話を聞いたり、ジジの件があったりで、めっちゃお土産にナーバスになってしまっている私。そしてお土産の習慣がないフィリピン人の顔をしたアメリカ人の旦那くん。お土産をあげる人のリストを出せ!といっても、指を折りながら数を数えるだけの旦那くん。どうやら彼の最終カウントは12人前後らしい・・・18人分用意すれば間に合いそうだ(笑)。

お土産18人分といっても、塵も積もれば山となるで、結構な出費となるが、もうそんな事を言っていられない。

マジお土産は、アラの家族。アラとアラの旦那さんのグレン。長女アーリン(28歳)アーリンの娘エーベリン(7歳)次女アーキム(22歳)長男ジーエー (14歳)。もちろんアラの家族にもちょっと大きめのGoody Bag。

アラ、アーリン、アーキムにはCOACHの財布。エーベリンにはディズニーの文房具セット、グレンとジーエーにはUNDER ARMORのTシャツ。あとはその他モロモロ・・・

その他の親戚の人達にはGoodyBag。中身はBath and Body Worksのボディーローション、ハッピータン、チョコレート、ふりかけである。

フィリピン人は濃い味で、甘いものが好きなようで、しょっぱいもの、辛い物はあまり喜ばれないようだ。そして検索で多くの人があげていた、ハッピータン、チョコレート(人気は明治のチョコレートらしい)とふりかけにした。

親戚の中でも、義理の母と仲の良いオバサンには、紙の手提げではなく、小さいバッグの手提げにしてみた。


さすが、レストランを経営しているだけある!夕食の時間になると、レストランの従業員たちが、次々と食べ物を運んできてくれる。

義理の母もそうだが、私達も彼らに金銭的な負担がかからないように、滞在中の食費代としてちょっと渡してある。義理の母は、今でも仕送りをしている。そのため、金銭的に苦難になることはないが、旅行に行ったりといった、娯楽に使う金銭的な余裕は全くない。自分達家族が「普通」に生活できる程度である。

アラとグレンは本当に良い人である。今回数日いっしょに過ごさせてもらったが、とにかく明るい、愚痴を言わない、ネガティブなところがない、いつも大きな声で笑っている、その笑いが連鎖する。初めて訪れた、さっきまで知らない人だった旦那くんの親戚。それなのに、ものすごく居心地のいい空間を作ってくれる。

毎月とか毎回とかは約束できないし、ぶっちゃけ自分達の生活もしていかなければならないので、金銭的支援は約束できないが、これくらいのことならばなんとかなるっていうか、彼らに金銭的な負担は負わせたくないので、「クセ」にならない程度にちょこっと出来る範囲で支援させてもらった。

旦那くんの話によると、彼のお爺さんはこの土地で洋服の仕立て屋を営んでおり、街のいわゆる中心人物だったということである。彼が小さい頃には、唯一TVがある家ということで、常に近所の人や親戚が集まっていたということだ。そのなごりなのか、みなさん当たり前のように、家に入って来て、ご飯を食べ始める(笑)。私は人が入って来る度に3階の部屋へGoodyBagを取りに行くのであった。例のジジも来た(笑)。ジジは隣の敷地で歯科衛生技師としてオフィスを持っている。歯医者ではないらしい、歯垢をとったりする?仕事を昔から同じ場所で営んでいる。

アラの家でご飯だって!と呼ばれて来た、アラのお友達にもギリギリでGoodyBagをあげられた(笑)。18人分用意しておいて良かった!しかしギリギリ。

ワイワイ、ガヤガヤ、ガッハッハと賑やかな夕食も終わり、お土産でパンパンだったスーツケースとビールの瓶が空になった(笑)。

投稿者: love4legkids

渡米なんて憧れの世界だと、なぜかずっと思っていた。でも来ちゃった!スーツケース1つで渡米した私は今や日本にいた年月を越しワンコと旦那君と、カナダとの国境とメキシコの国境を季節のおいしいどころ取りで生活している元気なオバチャンです。

コメントを残す