外は冷たい雨が結構激しく降っている。もう5月も半ば、日本は猛暑とか言い始めているのに、家では朝からヒーターをつけている。
そうなの?今日はサイクリングの日なの?へェ~。
いつだったかなぁ?補助輪なしの自転車に乗れるようになったのは・・・小学校の2~3年生位?とぼんやりと考える。

子供の頃の私は小さかった。でもスーパーボール(ん?これって昭和?ガチャガチャとかで出てきたり、駄菓子屋さんで買うの)みたいな子。元気のカタマリ、サルみたいな子だった。当然小さいから大きな自転車だと足が届かない。理想の自転車のサイズは18インチ、背が伸びることを見込んでだと、ギリで22インチ。
それが家の母、自分も乗れるサイズの24インチを購入。幼馴染の早苗ちゃんは私より20センチ近く背が高いのに、22インチの自転車だ。
当時の自転車のライトは自動発電(オートライト)のみだったと思う。!?カッチっと発電機を前のタイヤに接触させるとタイヤが回る事で点灯するやつね。あれは本当に重いのよ、ペダルが・・・それも体重が18キロあるかないかの痩せチビの私には難儀(苦笑)。

明るい内に帰ってくればいいのに、冬なんてあっという間に暗くなっちゃって、ちっこい私は24インチのデカイ自転車にペダルが重くなるオートライトをつけて、立ちこぎしながら家に帰る。暗い所が恐い私は(なんで明るい内に帰らなかったんだろう・・・)と後悔しながら、オバケがついてきていませんようにと祈りながら、立ちこぎで、必死になって家路を急いだものだった。
そうそう、小学校では自転車の講習をやってくれていた。校庭に石灰の粉でコースがかかれている。そこを問題なく走れると、「レイコウ証?」(違うかもしれない、レイコウショウという響きが頭に残っているが検索してもそれに当たる漢字がでてこない?)という自転車のライセンスみたいなのが貰える。
子供達は自転車を乗る時に、それを首にぶら下げて乗るのである。ヘルメットなんていうものはなかった。
大人になって今思い返すと、きっとそんなに距離はなかったのかもしれないが、その頃の私達にはちょっと冒険の距離の所に「交通公園」というのがあった。自動車教習所の子供自転車バージョンだ。みんなでそこに行くのが、ちょっとカッコよかった。
自転車があるとどこでも行ける!当時はまだ田んぼがいっぱいあった時代で、駅二つ分越して、線路を渡ったところに「千駄堀」という一面田んぼの所があった。そこへこの小学生自転車軍団が網やバケツをもって、オタマジャクシやカエルを捕まえに行く。そんな所だから当然、ヘビも生息している。

大人になってからヘビは苦手になってしまったが、当時の私は1メートル位あるヘビの頭をヒョイっと持ち上げて、「ヘビ~」なんてやっていた(笑)。

そんなある日・・・母が自転車の前に今でいう、「前乗せ用自転車チャイルドシート」を妹を乗せる為につけてしまった。しかし私は子供。なんでだろう、こんなのついていたら嫌だよぉとか言わずに、すんなりとチャイルドシートのついた24インチの自転車で元気にカエルを捕まえに行っていた。

懐かしいなぁ・・・